
朝、机の上に転がっていたものに目が止まりました。黒いファーでできた丸い耳のようなかたちに、赤地に白の水玉のリボンがちょこんと結んである、ヘアアクセサリーです。ヘアゴムと一緒に、特に片づけられることもなく置いてありました。
じっと見て、最初に浮かんだのは「これ、自分では絶対に思いつかないな」という感覚でした。耳の丸みの出し方、リボンの大きさのバランス、水玉の散らし方。どれも「かわいい」に向かって迷いなく選ばれている感じがして、もし僕が何かをかたちにするとしたら、たぶんこの方向にはまったく転がっていきません。
頭の中に「男性脳」という言葉が浮かびました。便利な言い訳です。自分にこの発想がないことを、性別のせいにできてしまう。科学的にどこまで根拠があるのか怪しいものだ、というくらいは僕にも分かります。それでも、実感としては否定しきれない自分がいるのも本当です。
思えば僕が普段選ぶものは、だいたい機能が先に立ちます。壊れにくいか、扱いやすいか。迷ったら、たいてい地味な方を取ります。水玉のリボンを自分から選ぶ未来は、正直まったく想像できません。
でも、それを全部「脳のせい」で片づけてしまうのも、なんだか違う気がしてきました。単に、僕がそこに時間をかけてこなかっただけかもしれません。この水玉を選んだ理由も、本人に聞いたわけではないのです。
結局、机の上のリボンは何も説明しないまま、今日もそこにありました。男性脳のせいにするのはやめにして、ただ「よくこんなの選ぶな」と、素直に感心することにしました。

